交通事故の賠償額の算定基準は,自賠責基準,保険会社の任意保険基準,裁判基準の3つがあります。そのうち,裁判基準が,賠償額が最も高額になる基準で,実際の裁判で使われる基準になります。入院慰謝料,休業損害,入院雑費,後遺障害慰謝料などは,裁判基準で算定した場合の方がはるかに高額になり,賠償額の総額が倍額から数倍になることも稀ではありません。
事例
42才の専業主婦のAさんは,横断歩道を青信号で横断中,信号を見ずに交差点に進入してきたBさんの運転する乗用車に轢かれてしまい,両足の骨を骨折してしまいました。骨折した足の手術も必要で,リハビリも含め3ヶ月の入院が必要となってしまいました。その間,Aさんは,夫や小学生の子ども2人のための家事をすることができず,夫に家事の負担をしてもらうことになってしまいました。治療費は,Bさんが加入していた任意保険の保険会社が全額支払ってくれ,治療終了後,保険会社から示談の提案がありました。保険会社からは,保険会社の基準で計算して,
①入院の慰謝料:3か月分
→75万6000円
②家事の休業損害:1日5700円の損害があったものと計算して90日分
→51万3000円
③入院中の雑費:1日1100円で計算して90日分
→9万9000円
この3つの合計として,136万8000円が賠償金として提示されました。
この金額は,適正な金額なのでしょうか。
この事例を聞いた花子さんの見解
保険会社が,基準に基づいて算定した賠償金なのですから,さすがに提示された賠償金額は適正な金額だと思います。
この事例を聞いた太郎さんの見解
インターネットで,交通事故の賠償金額は,保険会社と直接示談するときより,裁判をしたときの方が金額が上がる,というのを見たことがあります。ですので,保険会社の提示した賠償金額よりも多少上乗せした金額が適正な金額だと思います。
弁護士の見解
このケースでは,Aさんは,少なくとも合計245万9620円を受け取ることができると思います。
この賠償額の算定の具体的な内容は,非常に複雑になるので,以下では結論だけ説明しますが,裁判例の積み重ねから以下のような算定がされます。
まず,①入院慰謝料についてですが,保険会社からは,保険会社の任意保険基準で算定すると3ヶ月で75万6000円となると提示されています。しかし,実際の裁判で使われる裁判基準で算定すると,3ヶ月の入院の場合の慰謝料は145万円となるんです。
次に,②休業損害についてですが,保険会社からは,1日5700円で90日分として51万3000円が提示されています。しかし,これは,自賠責保険という賠償額の最低保障をするための基準にすぎません。実際の裁判で使われる基準で算定すると,少なくとも,1日9718円で90日分として87万4620円となるんです。
そして,③入院中の雑費についてですが,保険会社からは,1日1100円で計算して90日分の9万9000円が提示されています。しかし,これも,自賠責保険という賠償額の最低保障をするための基準にすぎません。実際の裁判で使われる基準で算定すると,1日1500円で計算して90日分の13万5000円となるんです。
ですので,この3つの合計で,Aさんは,少なくとも合計245万9620円を受け取ることができるんです。
この他にも,ケースによっては,賠償の対象となる項目が増え,賠償額が増えることはあると思います。特に,後遺障害が残ってしまった場合には,今回のケースの数倍以上の賠償額となることもあります。
太郎さんの質問
後遺障害が無い場合でも,倍近くになるなんて・・・そんなに賠償額が上乗せされるんですね。
ちなみに,後遺障害が残ってしまった場合には,例えばどれくらいの賠償額となるんでしょうか。
弁護士の説明
例えば,Aさんの足にひどい痛みの症状が残って12級の後遺障害が認定された場合,先程説明した245万9620円の賠償金に加えて,後遺障害の慰謝料として290万円,後遺障害による労働能力喪失分として699万9143円,つまり,全て合計して少なくとも1235万8763円を受け取ることができるんです。
花子さんの質問
保険会社と直接示談するより,裁判基準によったほうが賠償額が高額になるということは分かったんですが,そのためには,弁護士さんにお願いして報酬も支払わなければならないんですよね。せっかく賠償額が上がっても,弁護士さんの報酬を払うと元が取れないということにならないか,心配なんですが。
弁護士の説明
弁護士報酬の基準は自由化されているので,一律にお答えしにくい部分もありますが,多くの弁護士が採用している報酬基準で計算するなら,弁護士報酬よりも賠償額の増額分の方がはるかに上回るので,さすがに弁護士にお願いされてメリットがなかったということはまず起きないと思います。
さらに,お勧めしたいのが,自動車の任意保険の特約には,「弁護士費用特約」というものがあり,これを付けておけば,弁護士費用を300万円まで保険でカバーしてもらえます。弁護士費用が300万円になるようなケースはまれですから,ほとんどの交通事故で,弁護士費用の負担なく弁護士に依頼ができ,裁判基準に基づいた賠償を受けられることになります。この弁護士費用特約は,多くの場合,契約者だけでなく,同居の親族もカバーするので,メリットは非常に大きいと思います。
※本記載は平成30年2月24日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。なお,本記載は令和2年4月1日の改正民法施行前の条項を前提にしています。